最近、テレビCMや健康番組、雑誌の記事などで「血圧が気になる方は、まず塩分を控えましょう」という言葉を耳にしない日はありません。「塩=高血圧の主犯」「減塩=健康への近道」という図式は、もはや現代社会の常識として深く浸透しています。健康診断で血圧が高めと指摘され、真っ先に食卓の塩を減らし始めたという方も多いのではないでしょうか。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみてください。本当に塩は、私たちの健康を脅かすだけの「悪者」なのでしょうか?
塩(塩化ナトリウム)は、人間の生命維持にとって絶対に欠かせない必須ミネラルです。神経の情報伝達、筋肉の動き、体液のバランス維持など、体の根幹に関わる重要な役割を担っています。もし塩が完全に不足すれば、私たちは生きていくことすらできません。
では、なぜ生命に不可欠なはずの塩が、現代では高血圧の元凶のように扱われているのでしょうか?もし塩だけが原因なら、国を挙げての減塩運動が進んでいる現代日本で、高血圧の患者さんは減少していくはずです。しかし現実は、患者数は依然として増加傾向にあります。
1. 日本人の塩分摂取量と高血圧のパラドックス
戦後の食糧難の時代、冷蔵技術が発達していなかった日本では、保存食としての漬物や塩蔵品が多く食べられていました。その結果、当時の日本人は1日あたり平均20g以上もの塩分を摂取していたと言われています。これは現在の基準から見れば驚くべき量です。

その後、経済発展とともに食生活が変化し、健康意識の高まりや国による減塩指導もあって、日本人の塩分摂取量は年々減少してきました。現在では、1日平均10g程度(男性約11g、女性約9g)まで、昔の半分程度にまで減っています。
しかし、ここで大きな「パラドックス(逆説)」が生じます。塩分摂取量は大幅に減っているにもかかわらず、高血圧の有病者数は減少するどころか、むしろ増加傾向にあるのです。厚生労働省の調査によると、高血圧の有病者数は約4,300万人(2017年推計)にも上ると言われています。
この事実は何を物語っているのか? 「塩分の過剰摂取が血圧上昇の一因である」ことは間違いありません。しかし、このデータは「単純に摂取する塩の量だけが、血圧を上げる唯一の要因ではない」ということを強く示唆しているのではないでしょうか。もし塩の量だけが問題なら、摂取量が半減すれば、高血圧患者も劇的に減っていなければおかしいはずです。
このパラドックスを解く鍵は、「塩の質」と「現代人のライフスタイルの変化」に隠されています。
2. 「悪い塩」と「良い塩」の違い:塩の質が鍵
ひと口に「塩」と言っても、その種類は様々です。「塩が血圧を上げる」と一括りにされがちですが、実は「どんな塩を摂っているか」という「質」が非常に重要です。市場に出回っている塩は、大きく分けて二つのタイプがあります。
① 精製塩(食卓塩、精製食塩など)
これは、イオン交換膜法などの化学的な工業プロセスを経て作られる塩です。海水を原料としますが、電気分解によってナトリウムイオンと塩素イオンを効率よく抽出するため、成分の99%以上が塩化ナトリウムという高純度の塩になります。
サラサラとしていて使いやすく、安価であるという利点がありますが、その製造過程で、海水に本来含まれていたカリウム、マグネシウム、カルシウムといった重要なミネラル成分のほとんどが除去されてしまっています。
この「ミネラルバランスが崩れた、ほぼ純粋な塩化ナトリウム」を過剰に摂取すると、体内のナトリウム濃度が急激に高まります。体はそれを薄めようとして水分を溜め込むため、血液量が増加し、血管壁にかかる圧力が高まって血圧が上昇しやすくなるのです。これが、一般的に言われる「悪い塩」の作用です。
② 自然塩(海塩、天日塩、岩塩など)
一方、自然塩は、伝統的な製法で作られる塩です。海水を天日で乾燥させたり、平釜で煮詰めたりして作られます(岩塩は地殻変動で閉じ込められた海水が結晶化したもの)。
これらの自然塩の最大の特徴は、塩化ナトリウムだけでなく、海由来の多様なミネラルがバランスよく含まれている点です。特に重要なのが、以下のミネラルの働きです。
- カリウム: 体内の余分なナトリウムを尿として排泄する働きを助け、血圧の上昇を抑える効果があります(ナトリウム・カリウムポンプの働き)。
- マグネシウム: 血管を拡張させて血流を良くし、血圧を下げる働きがあります。また、神経の興奮を鎮めるリラックス効果もあります。
- カルシウム: 血管の収縮と拡張のバランスを調整する役割を担っています。
自然塩に含まれるこれらのミネラルは、ナトリウムが引き起こす血圧上昇作用を和らげ、体内で絶妙な調和を保つ役割を果たしています。つまり、自然塩は単に血圧を上げるだけの存在ではなく、体のバランスを整える働きも持っているのです。
現代人の高血圧、真の原因は「カリウム不足」にあり?
では、塩の摂取量が減っているにもかかわらず高血圧が増えている現代において、真の問題は何なのでしょうか?最大の要因の一つとして考えられるのが、慢性的な「カリウム不足」です。
先ほど触れたように、カリウムは体内の余分なナトリウムを排出し、血圧を調整する重要なミネラルです。昔の日本人は、野菜や芋類、豆類、海藻など、カリウムを豊富に含む食材を日常的にたくさん食べていました。そのため、多少塩分を多く摂っても、カリウムがナトリウムを体の外へ追い出してくれていたのです。
しかし、現代の食生活はどうでしょうか?
- 加工食品や外食の増加: インスタント食品、レトルト食品、スナック菓子などには、味付けや保存のために精製塩が多く使われていますが、カリウムはほとんど含まれていません。
- 野菜・果物摂取量の減少: 食の欧米化やライフスタイルの変化により、カリウムの供給源である新鮮な野菜や果物を食べる機会が減っています。
その結果、現代人は「ナトリウムは過剰だが、それを排出するためのカリウムが圧倒的に足りない」という状態に陥っています。体内でナトリウムとカリウムのバランスが崩れ、ナトリウムが排出されずに蓄積してしまうため、少しの塩分でも血圧が上がりやすくなっているのです。
「塩を減らす」ことばかりに意識が向きがちですが、「カリウムを増やす」ことこそが、現代人の血圧管理において見落とされがちな最重要課題と言えるでしょう。
毎日の食卓でお塩を使わない日はほとんどないといっても良いのではないでしょうか。毎日使うからこそ体に優しいお塩に是非こだわって欲しいです。
